獣医疫学ユニットについて

ユニット紹介

安心で手に届く値段の畜産物の提供、持続可能で環境や人の気持ちにも配慮した動物感染症と人獣共通感染症の制御。
このような日本ひいては地球規模での問題解決のために私達はどう取り組めばよいのでしょうか。

獣医疫学とは、動物と人の集団を対象に、「集団の健康」に影響を与える要因を明らかにし、疾病管理手法の評価や、疾病管理に向けた対策立案を目指す学問分野です。
その応用は幅広く、農場、診療施設、都道府県、国、国際といった様々なレベルでの意思決定において、「羅針盤(コンパス)」の役割を果たします。

酪農学園大学獣医疫学ユニットは2010年4月に、日本の獣医科大学で最も早く設置された獣医疫学研究ユニットです。
私たちは第一義的に自らの好奇心を満たすためではなく、問題の本質を捉えようとする「問題中心主義」を取り、One Health、Ecohealthと呼ばれる異なる分野・レベルの連携(超学際アプローチ)を通して動物疾病・人獣共通感染症を制御する研究と人材育成を行います。ユニット教員は現在、蒔田浩平教授・松山亮太助教の2名です。

One healthに関わる取り組み

One Healthはより良い人と動物の健康、健全な環境の達成のために、複数のセクターがコミュニケーションを取って協働し、事業、施策推進、立法、研究を計画・実施するアプローチです。One Healthアプローチは人、動物、環境の境界領域の脅威の対応に極めて重要です。人が感染しない動物感染症管理においても、人のメンタルヘルスや社会経済に影響を及ぼすことがあります。

野生動物における感染症の流行は、ヒトや家畜・ペットに感染症を広げるリスクだけでなく、野生動物の個体数に影響を与えることで生態系を改変してしまうリスクもあります。当ユニットでは野生動物の感染症サーベイランス情報や、傷病鳥獣救護、ロードキルなどのデータを利用した野生動物の個体数推定と感染症流行動態との推定を同時に行うことで「感染症がどれほど野生動物に影響を与えるか」を推定する手法の開発を検討しています。これにより、例えばタヌキやキツネなどの食肉目の皮膚病である疥癬や、イノシシの豚熱といった疾病について、それらの感染症が野生動物の集団に与える影響を分析しています。

研究助成

  • 農林水産省 安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業のうち課題解決型プロジェクト研究「CSFの新たな総合的防除技術の開発」(2020-2024年)(松山・分担)
  • 酪農学園大学共同研究費(2023年)(松山・代表)

薬剤耐性には、使用した抗生物質に対する薬剤耐性菌が選択される直接選択、同系統薬剤への耐性菌が選択される交叉選択、異系統薬剤への耐性菌が選択される共選択が知られています。当ユニットでは農林水産省が実施する薬剤耐性菌モニタリングシステムJVARMと連携し、統計解析を用いて共選択のパターンを予測して来ました。コリスチン耐性が遺伝子mcrの伝播によって拡散することが知られる前に、その可能性を示唆していました。さらに統計学的解析で示唆された共耐性の関係性について、遺伝子伝達試験により共選択のメカニズムを詳細に理解しようとしています。

研究協力

  • 農林水産省動物医薬品検査所との共同研究(2012年-現在)(蒔田・分担・代表)

畜水産においては農林水産省によって抗生物質の使用と薬剤耐性菌の分布に関するモニタリングが行われてきましたが、2015年に公表されたWHO薬剤耐性菌グローバルアクションプランを受けて、伴侶動物獣医療における抗菌薬の使用状況についても獣医師会を通して調査が開始されました。
 初回調査から、伴侶動物診療施設では人の抗菌薬が多く使用されている状況が明らかになってきました。調査と解析は継続して進められています。

研究助成

  • 日本獣医師会(2018年-現在)(蒔田・代表)

野菜は生食することが多いため、野菜に付着あるいは野菜体内に薬剤耐性菌が存在すれば、人がそれらを摂取することになります。野菜由来の食中毒はヨーロッパで発生しており、原因となった大腸菌が薬剤耐性菌であったことが報告されています。
本研究では、日本の牛由来大腸菌のモニタリングデータ、公表論文、実験データ、および北海道の乳牛の診療記録から、北海道の乳牛にβラクタム系抗菌薬を使用することによりβラクタマーゼ産生大腸菌が選択され、堆肥化された未完熟堆肥が圃場に施肥された場合、野菜体内と野菜表面にどの程度βラクタマーゼ産生大腸菌が残存しているか、リスク評価を実施しました。評価の結果、野菜の生食によるβラクタマーゼ産生大腸菌摂取のリスクはかなり低いことが分かりました。ただし、抗生物質の慎重使用と、喫食前の野菜の丁寧な洗浄は重要です。

研究助成

  • 食品安全委員会健康影響評価技術研究(JPCAFSC20202002)「家畜由来薬剤耐性菌の水圏・土壌環境を介した野菜汚染の定量評価およびヒトへの伝播に関する研究」(2020-2021年)(蒔田・分担)

2011年3月に発生した東日本大震災の直後から、酪農学園大学は津波で被災した岩手県大船渡市と宮城県石巻市で復興のお手伝いをしてきました。当ユニットは石巻市にて、酪農学園大学獣医学群と農食環境学群および学生、現地NPO、国際NPOらと連携し、津波被災地域が微生物と重金属によって高度には汚染されていないことを確認し、一方でげっ歯類が増加していたため、関連感染症の発生を予防すべきことを助言しました。また仮設住宅で暮らす人々のメンタルヘルスについて調査し、傾聴で気持ちに寄り添う活動をしました。

研究助成

  • 三井環境基金(2012-2013年)(蒔田・分担)
  • NPO APCAS(2011年)
  • 酪農学園大学(2011-2012年)
  • 石巻環境ネット(2011-2012年)

2010年4月20日に宮崎県で発生した口蹄疫は、約29万頭の動物の犠牲を伴って終息しました。口蹄疫が発生したのは、当ユニットの開設後わずか20日目のことでした。終息後間もなく、防疫に従事した獣医師、精神保健の専門家と現場の保健師達と共に、口蹄疫がもたらした関係者の「心」への被害を次第に明らかにして行きました。研究成果はその後の家畜防疫従事者のケアに用いられ、国外でも参考にされています。

研究助成

  • 酪農学園大学共同研究費(2011年)(蒔田・代表)
  • 厚生労働科研費(2010-2013年)(蒔田・分担)

 獣医師は、国民が安全な肉と乳を必要な分だけ食べることが出来るよう努力しています。食べる、ということは文化であり、健康の源です。健康な「老い」と「食」について、日本とコートジボワールで、栄養士と文化人類学者を巻き込んで、老齢者とお話しながら研究しました。
 経済面で、日本の老齢者は年金や医療介護保険で安定化を図る一方、コートジボワールでは子供や独自の社会ネットワークを頼りにしていました。日本の老齢者は年を重ねて病気になって若い世代に迷惑を掛ける心配をする一方、コートジボワールでは老齢者は知恵者として社会から大切にされていました。日本では老齢者に対する運動や食に関する教育活動が盛んですが、コートジボワールではこのような取り組みはほとんどされていません。日本では肉、納豆、野菜など、少ない量でバランスよく食べることがよく意識されている一方、コートジボワールでは高カロリー炭水化物の主食と少量のたんぱく質を家族と同じように摂取していました。
 運動、バランスの取れた食、そして社会での世代を超えた支え合い方は、健康な老いに必要です。日本とコートジボワールの学び合いで、お互いの国の持続的な発展に必要なことを認識することが出来ました。

研究助成

  • 日本学術振興会コロキウム(2018年)(蒔田・リソースパーソン)
  • Wellcome Trust, Afrique One ASPIRE(2018-2021年)(蒔田・リソースパーソン)
  • 酪農学園大学外国人研究者招聘制度(2018年)(蒔田・代表)

急速な都市化は全ての発展途上国に見られる現象で、自給自足生活の村落部から現金収入を求めて多くの人々が貧民街に流れ込みます。東アフリカのウガンダで都市化の中での人獣共通感染症のリスクについて多角的に検証したところ、都市部では食中毒、ブルセラ症、人獣共通結核など畜産物由来人獣共通感染症が多発し、その管理には都市畜産のみに着目するのではなく、村落部から運び込まれるリスクについてバリューチェインを把握し、システムアプローチを取るべきだと警告しました。

研究助成

  • エジンバラ大学大学院(2004-2009年)(蒔田・博士課程)
  • 英国国際協力庁(2004-2009年)(蒔田・博士課程)
  • JICA海外長期研修(2004-2006年)(蒔田・博士課程)

世界では毎年20億症例の下痢症が発生し、5歳以下の子ども150万人の命が失われています。非下痢症を含む食品媒介性疾病の原因の1位は動物由来食品が占めています。当ユニットはユニット開設時から国際家畜研究所(ILRI)と共同で、リスクの考え方に基づいて発展途上国の非正規食品バリューチェインの安全性を評価する手法を開発し、それを発展させながらアジア・アフリカ地域のリスク低減を推進しています。また国際獣疫事務局(WOAH)食の安全コラボレーティングセンターとしてアジア・アフリカ地域の人材育成を行っています。

研究助成

  • ドイツBMZ(2008-2012年)(蒔田・ILRIポスドク、兼任科学者)
  • オーストラリアACIAR(2012-2018年)(蒔田・ILRI兼任科学者)
  • JIRCAS若手研究者支援事業(2014-2015年)(蒔田代表)
  • World Bank Food Safety Risk Assessment Task Force in Vietnam(2016-2017年)(蒔田・ILRI科学者)
  • 日本学術振興会論文博士支援事業(2017年)(蒔田・代表)
  • スウェーデン農業科学大学大学院プログラム(2021年)(蒔田・リソースパーソン)

政策決定支援に関わる取り組み

疫学は社会性の強い学問であり、広く政策決定の支援に利用されています。疫学は進化を続けており、従来では不可能であった詳細な原因究明や予測にも対応できるようになってきています。国や都道府県の要請を受け、施策立案の支援や施策有効性の検証を実施しています。

疫学の分析手法は動物に限らず、ヒト社会でも大いに活用されていることはこれを読んでおられる皆様のご存知のところと思います。当ユニットでは感染症疫学と感染症数理モデルの分析手法を利用して、小・中・高校で生じる学校休業(学級・学年閉鎖)により生じる学生への影響を研究してきました。また、新型コロナウイルス流行以降について、特に小学生以下の学生のいる家庭に注目し「発熱をともなう感染症」が発症した場合の家庭への負荷の疫学調査を行い、感染の有無や健康被害から踏み込んだ学級閉鎖の影響を分析しています。学級閉鎖のメリットとデメリットのバランスを分析し、最適化する手法の社会実装を目指します。

研究助成

  • 日本学術振興会科学研究費(若手研究)「感染症流行対策としての学校休業の費用対効果を定量し最適化するシステムの開発」(2021-25年)(松山・代表)
  • 日本学術振興会科学研究費(基盤研究C)「学校インフルエンザの流行予測に基づく養護教諭の保健管理システムの開発」(2022-22年)(松山・分担)

エキノコックス症は、北海道に広く分布するアカギツネとエゾヤチネズミとの間で感染環が維持されている寄生虫、エキノコックスの虫卵を人が経口的に摂取して感染する人獣共通感染症です。感染した人は中間宿主となり、重篤な肝機能障害を起こします。北海道では毎年約20名程度の新規感染患者が発生しています。
 これまで根室地域で2013年から2018年に掛けてフィールド調査を実施し、疫学解析を通して舗装道路にあるキツネの糞便数を生態学的条件から予測する研究に取り組んで来ました。今後はさらに北海道のデータ解析を進め、エキノコックス症対策に貢献していきます。

研究協力

  • 北海道立衛生研究所
  • 北海道エキノコックス症対策協議会

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)は世界中でパンデミックを起こし、多くの命が奪われたほか、社会経済にも大きな影響を及ぼしました。
 COVID-19は人獣共通感染症であり、動物にも感染します。ペットの飼い主がCOVID-19に感染し、一時的預かり手が必要な事例が少なからず発生しました。当ユニットでは、地方獣医師会などに情報拡散の協力を依頼し、全国の伴侶動物診療施設勤務者の方々にオンライン質問票に回答頂き、疫学解析を実施しました。その結果、2020年に起きた物資の不足、COVID-19への対応状況が明らかとなったほか、女性と動物看護に携わる方でメンタルヘルスに影響が大きいことが示唆されました。
 動物介在介入は医療や高齢者介護施設で人の福祉を向上させ、動物に社会的役割を与えます。私達は、COVID-19によって北海道の動物介在介入活動が受けている影響についてインタビューを用いて社会学的調査を実施しました。調査した2022年現在でも動物介在介入活動は再開されていませんでした。しかしながら、動物介在介入が実施者、犬、高齢者介護施設、利用者の全ての関係者に恩恵をもたらしていたこと、全ての関係者が再開を待ち望んでおり、感染に配慮した体制の再構築に向けて少しずつ準備を始めていることが明らかとなりました。

研究協力

  • 日本獣医生命科学大学
  • 北里大学
  • 岩手大学
  • 金沢大学
  • 産業動物防疫コンソーシアム
  • 地方獣医師会
  • 北海道ボランティアドックの会

日本では野生動物の狂犬病ウイルス感染を示唆する記録は存在するものの、狂犬病清浄化以降、野生動物における狂犬病感染の報告はありません。しかし世界では野生動物集団で狂犬病が維持されていることでその制御が困難となっている地域が多くあります。
 本研究は南アフリカ共和国北部の過去20年間(1998-2017年)の犬、野生動物、人の狂犬病発生記録と保存ウイルス株のゲノム情報を用いた疫学解析から、異種動物間、そして人への伝播様式について解明したものです。南アフリカ共和国北部では、犬とジャッカルとの間でウイルスのスピルオーバーと維持が行われておりました。同国では犬と猫への狂犬病ワクチン接種が奨励されていますが、リスク要因として浮かび上がった気候条件は自給自足農業が行われている地域でした。貧困によって犬へのワクチン接種が進まず、犬での狂犬病発生が起こること、それにより狂犬病による死者が出ることが明らかになりました。

研究助成

  • JSPS-NRF二国間交流事業「 南アフリカ共和国で1998-2017年に発生した動物および人狂犬病の時空間解析」(2018-2019年)(蒔田・代表)

世界では2030年までに狂犬病の死者をなくす「Zero by 30」の取り組みが行われています。ベトナムでは、犬への狂犬病ワクチン接種に政府が補助していますが、人の狂犬病による死亡がなくなりません。そこで、獣医疫学と経済学が連携してタイ・ングイェン郡で質問票調査を実施し、犬のワクチン接種行動に繋がる意思決定プロセスの解き明かしとワクチン支払意欲の推定を実施しました。
 その結果、少数民族が暮らす村でワクチンキャンペーンの情報が上手く伝わらず、ワクチン接種が進まないスポットが出来ることにより、犬の狂犬病流行が継続していることが明らかになりました。

研究助成

  • 酪農学園大学学内共同研究「ワンヘルス推進に基づく狂犬病常在地域での撲滅方法の検討」(2017年)(蒔田・代表)

致命率100%の恐ろしい感染症、狂犬病は現在でも世界に広く分布し、年間約59,000人の尊い命が犠牲になっています。日本はアジア地域で清浄化を果たした数少ない国の一つです。酪農学園大学の卒業生である唐仁原景昭先生は、日本から狂犬病の記憶が風化しないように、長年に亘り狂犬病記録の書籍と全国の図書館に保存されている過去の都道府県報と新聞記事を収集し、狂犬病の歴史を編纂して来られました。当ユニットでは、多くの学生が参加して唐仁原先生が収集された狂犬病発生記録をデジタル化し、疫学解析を行ってきました。
 大正時代の大阪での大発生の解析で、日本が世界で初めて犬用ワクチンを開発し、使用した前後の対策とその効果が明らかとなりました。第二次世界大戦後、関東での大流行から日本での清浄化に至るまで、空間疫学と感染症数理モデルを用いて詳細に解析しています。これらの情報は、発展途上国での狂犬病撲滅の計画に役立てられています。

研究助成

  • 平成25年度厚生労働科学研究費補助金(新型インフルエンザ等新興・再興感染症研究事業)「わが国における狂犬病対策の在り方に関する調査研究」(2013-2015年)(蒔田・分担)

コリスチンは多剤耐性菌にも効果があるラストリゾートと呼ばれる抗生物質です。日本では家畜の下痢症などの治療薬および成長促進目的で使用されてきましたが、2015年に多剤耐性菌対応を見据え人の治療薬として認可されていました。同じく2015年に、コリスチン耐性遺伝子mcr-1がプラスミドを介して伝播することが中国から報告され、日本でも飼料添加物としてのコリスチン使用中止、および第二次選択薬への移行というリスク管理措置が取られました。
 食品安全委員会は即座にコリスチンを家畜に使用することによる定性的食品健康影響評価を実施し、これに続いて当ユニットは養豚場での大腸菌を対象とした定量的発生評価に参画しました。コンピュータシミュレーションによりリスク管理措置は妥当であったことが検証されています。

研究助成

  • 食品安全委員会健康影響評価技術研究「コリスチン耐性菌の出現状況と特性解析に関する研究」(2017-2018年)(蒔田・分担)
  • 農林水産省 薬剤耐性問題に対応した家畜疾病防除技術の開発「豚農場における抗生物質使用中止による豚由来大腸菌耐性率への影響評価」(2018-2022年)(蒔田・分担)

2018年9月、日本で26年ぶりに岐阜県の養豚場で発生した豚熱(旧称:豚コレラ)は、野生イノシシ個体群に感染拡大し、多くの養豚場で発生が見られました。アジアの周辺国には豚熱に加えてアフリカ豚熱もまん延しており、日本でも、検疫で摘発された豚肉からウイルスが検出されています。

当ユニットでは北海道大学と協力し、豚熱とアフリカ豚熱のリスク評価を実施しています。養豚場での対策については、豚熱ワクチン接種適期シミュレーションモデルを岐阜県と共同で作出し、岐阜県が全国から相談を引き受けています。また感染症数理モデルを用いて養豚場における防疫に有用な対策を計算しています。さらに社会経済学的手法を用いて、有効な防疫対策を生産者に自発的に取り組んでもらうための研究に取り組んでいます。野生イノシシの対策については、北海道大学と共同で、感染症数理モデルを用いて豚熱ウイルスへの感染による死亡超過、ベイトワクチンの効果および散布努力目標について研究しています。

研究助成

  • 農林水産省 安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業のうち課題解決型プロジェクト研究「CSFの新たな総合的防除技術の開発」(2020-2024年)(蒔田・松山・分担)

生産動物獣医療支援に関わる取り組み

生産動物獣医療は主に家畜の生産性向上に向けた獣医療サービスですが、疫学の利用により効果の高いアプローチの選択を客観的に行うことができます。家畜衛生経済学を用いると費用対効果を定量化できるほか、生産者が自発的に衛生対策に取り組むためのサポートを検討することができます。

私たちが日々美味しいお肉を安心して食べることが出来るのは、店頭に並んでいる全てのお肉が獣医師の衛生検査を受けているからです。食肉衛生検査をする獣医師は安全な畜産のゴールキーパーであり、病気の家畜を多く出荷する生産者には、家畜保健衛生所の獣医師と連携し、衛生対策を向上するようメッセージを送ることが出来ます。ところが、日々大変多くの食肉を検査するため、客観的な指標がないと、効率よく衛生指導のメッセージを送ることが出来ません。
 そこで、時系列分析という手法を利用して、獣医師が忙しい食肉衛生検査が終わった後に、自動的にかつ客観的に農場での異常を検出する体制の整備に貢献しました。

研究協力

  • 北海道東藻琴食肉衛生検査所(2014-2017年)
  • 北海道早来食肉衛生検査所(2014-2017年)

酪農場では伝染性乳房炎予防のため、搾乳前に一頭一布清拭と乳頭消毒、搾乳後にディッピングによる消毒が行われています。ある時、安価で搾乳前と搾乳後、どちらにも使える便利な消毒剤が発売されました。しかしその後臨床獣医師から、酪農場で黄色ブドウ球菌性乳房炎が多発しているとの連絡がありました。高価であった従来のディッピング剤と新しい安価で便利なディッピング剤、どちらが経済的にお得なのでしょうか。その疑問に答えるため決定分析法という経済分析を用いて、従来の高価なディッピング剤を用いた方が、経済的には損失が少なくて済むことを示しました。

研究協力

  • 北海道オホーツク農業共済組合連合会(2012-2013年)

家畜感染症の制御と予防には、指導する獣医師だけでなく、家畜生産者が前向きに、また目的にフォーカスして衛生対策を高度化させていくことが大変重要となっています。ところが生産者に衛生対策のやる気を起こし、実行に移して頂くことは、指導する獣医師にとって容易なことではありません。
 本研究では、統計学を用いて知識(Knowledge: K)から意識(Attitude: A)へ、意識から実践(Practice: P)に繋がるKAPに加え、労働力や設備といったキャパシティが知識と実践の向上に必要であるという意思決定メカニズムを明らかにしました。さらに衛生対策の経済効果、自発的行動変容を促すナッジなどの研究にも取り組んでいます。一連の取り組みにより、農林水産省と各都道府県の家畜保健衛生所、家畜診療所で生産者への指導方法が高度化、効率化することが期待されています。

研究助成

  • 平成25年農林水産省「食品の安全性と動物衛生の向上のためのプロジェクト」 課題名「重要家畜疾病の迅速・的確な防疫措置に必要な技術の開発」(2013-2017年)(蒔田・分担)
  • 別海町委託研究事業「酪農衛生対策の経済性調査」(2015-2017年)(蒔田・代表)
  • 農林水産省 安全な農畜水産物安定供給のための包括的レギュラトリーサイエンス研究推進委託事業のうち課題解決型プロジェクト研究「CSFの新たな総合的防除技術の開発」(2020-2024年)(蒔田・松山・分担)

マイコプラズマ乳房炎は、気付かない間に牛群内に広く拡大し、発症し始めると多くの牛に無乳症を起こす恐ろしい感染症です。酪農学園大学では樋口教授によりPCRを用いた診断法が開発され、北海道では早期摘発のため検査が実施されていますが、さらに一歩踏み込んで、発生を未然に防ぐため根室地域で症例対照研究を実施しました。
この結果、搾乳前のペーパータオルを用いた乳頭口の丁寧な清拭が予防に有効であること、牛の導入と過去の原因不明の乳房炎発生はリスク因子であることが明らかとなりました。本病の予防には、搾乳衛生の徹底に加えて、導入時の牛の隔離と初産時の検査は極めて重要になります。

研究助成

  • 根室管内マイコプラズマ性乳房炎対策会議(2015年)(蒔田・リソースパーソン)

2013年10月、世界の多くの国々で豚流行性下痢(PED)パンデミックが起きている中、日本でも沖縄県で発生し、12月に鹿児島県に侵入した後、全国に拡大しました。口蹄疫の経験後日本で強化された飼養衛生管理基準があるにも関わらず、急速な発生拡大が起きてしまった原因を究明するため、宮崎大学と共同で鹿児島県と宮崎県で質問票を用いた症例対照研究を実施しました。
解析の結果、衛生管理区域内への自家用車の侵入、共同堆肥舎や家畜排せつ物運搬業者の利用等により機械的にウイルスが農場内に持ち込まれたことが明らかとなりました。当時ワクチンが不足し、民間療法で「強制馴致」という死亡哺乳豚由来ミンチの母豚への給与が行われましたが、この危険性を定量的に明らかにしました。また経済被害と感染症数理モデルを用いた対策の検討についても公表しています。

研究助成

  • 農林水産省 飼養衛生管理基準の実効性に関する調査(2014年)(蒔田・代表)
  • 日本学術振興会科研費C(2022-2024年)(蒔田・代表)

統合的な対策が取られないまま日本の牛群全体に広く分布してしまった顧みられない感染症、牛伝染性リンパ腫。その制御に向かうコンセンサス形成を見据えて、現場での生産者と獣医師の意見交換、関係者間の協議を可能にすべく農場内の個体ベースド感染症シミュレーターを作出し、修正する作業に取り組んでいます。また、放置の根拠である「経済被害は無視できる」という認識が果たして正しいのか、家畜衛生経済学を用いた研究に取り組んでいます。北海道で、牛伝染性リンパ腫への感染により増加した酪農業の年間被害額は、乳房炎の増加により6億4千万円、乳用牛と体の枝肉重量減少分で1億5千万円であることを明らかにしました。これから牛伝染性リンパ腫による乳用牛と体全部廃棄と繁殖効率低下による損失、そして肉用牛の被害、と被害を徐々に明らかにしていきます。

研究助成

  • 北海道総合研究所重点研究「牛白血病ウイルス清浄化を目指したウイルス伝播防止技術体系の構築」(2017-2019年)(蒔田・分担)
  • 北海道ひがし農業共済組合連合会(2017年)(蒔田・分担)
  • 日本学術振興会科研費C(2022-2024年)(蒔田・代表)

ウガンダ南西部は広大な放牧地の広がる酪農地帯です。酪農はウガンダの主要輸出産業であり、外貨獲得に重要な役割を果たしています。JICA草の根プロジェクト開始時に、酪農家は牛に乳房炎はないと信じていましたが、我々は6割以上の牛が潜在性乳房炎に罹患していることを明らかにしました。仔牛に致死性の東海岸熱を媒介するダニの多くは殺ダニ剤に対して多剤耐性ですが、疫学解析により牛の保定枠場と殺ダニ剤を噴霧するポンプの質が悪いことが東海岸熱のリスク因子であることを示しました。牛一頭につき一枚の布で乳頭を清拭し、保定枠場とポンプを生産者の自助努力で改善することにより、牛乳生産量が2割増加しました。このプロジェクトの後、2022年より現地のムバララ県にJICA海外協力隊が派遣され、技術支援を継続しています。

研究助成

  • JICA海外プログラム(2015年)(蒔田・代表)
  • JICA草の根技術支援プログラム「ムバララ県安全な牛乳生産支援プロジェクト」(2016-2019年)(蒔田・代表)
  • JICA大学連携によるJICA海外協力隊(2022年から)

ブルセラ症は世界で最も広く分布している人獣共通感染症の一つで、家畜に流産、乳量減少などの経済被害を、人に波状熱、疲労感、関節炎などの慢性疾患を起こし労働力を奪います。アフリカ大陸と東南アジア、南アジアでの研究を通じて、人のブルセラ症と家畜のブルセラ病には、民族の牧畜・生活様式など社会経済学が深く関与していることが分かってきました。当ユニットでは常在国で、医療従事者と獣医師、コミュニティーの協力の下、ワンヘルス・エコヘルスの取り組み、疫学、社会経済学、感染症数理モデルを活用した制御方法の検討を行っています。また国際獣疫事務局(WOAH)食の安全コラボレーティングセンターとしてアジア、ヨーロッパのWOAHブルセラ病レファレンスラボラトリーと共に、アジア太平洋地域のブルセラ病制御に貢献しています。

研究助成

  • エジンバラ大学大学院(2004-2009年)(蒔田・博士課程)
  • 英国国際協力庁(2004-2009年)(蒔田・博士課程)
  • JICA海外長期研修(2004-2006年)(蒔田・博士課程)
  • 文部科学省私立大学戦略的研究基盤形成事業(2013-2017年)(蒔田・分担)
  • JICA-JISNAS食の安全保障隊事業(2015年)(蒔田・代表)
  • 日本学術振興会科学研究費海外B(2012-2017年、2018-2023年)(蒔田・分担)
  • 農林水産省OIE認定施設活動支援事業(2022年)(蒔田・代表)